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Little me

本、映画、ドラマ。感じたことをそのままに。

儚い存在の母を持つということ -"INTERIORS"/「インテリア」

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ウディ・アレンの作品は強く好きな理由はないのだけれども、つい見てしまう。アメリカ映画の中では、都会的でシニカルで舞台台詞のような長いセリフが印象的、という位置づけ。今回見た映画は珍しく淡々と暗いトーンだった。

インテリア [DVD]

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ロングアイランドの高級住宅地。30年連れ添った夫婦に突然別居話が持ちあがる。ショックで妻は自殺未遂し、3人の娘たちは愛人を作った父親を責める。しかし、夫の連れてきた愛人は不思議な魅力に溢れていて…。 (Amazon商品紹介より) 

この映画を見て感じたことは2つ。

1つは、家族という独特の枠の中で自分を評価してしまう寂しさ。次女のジョーイは"芸術的"なものを好みそのセンスが尊ばれる家族の中で育ち、自分には才能が欠けていると、特に長女の姉に対してコンプレックスを抱いてしまう。自分に自信を持ちきれず、自分を大切にできない。そこに、父親の再婚相手という全く違う人種があらわれて、「ただ楽しかった。それじゃいけないの?」という、斬新な"単純な"感想を言われた時の、家族の間に漂うざわざわ感。そういう基準はこれまでなかったのだ。

自分が結婚して義理の家族と話すようになってから、"家族という枠の中での価値感"を強く感じるようになった。同じものに触れたときの感想の投げかけ方が、自分が育った家族とまったく違うのだ。というかそもそも、同じものを見たりしない。初めは自分の言うことがまったく浮いているようで、寂しく感じることもあった。ただそれは逆に、今まで自分が育った"家族という枠の中での価値感"に応じて生きてきたから楽だっただけなのだ。結婚するということはこの異質な価値観を混ざり合わせて、また新たな価値観を作っていくということ。ジョーイではないが、私の弟はその枠に収まらず、多少なりとも辛い思いをしていたようだ。

そしてもう1つは、母親という存在は、家の雰囲気を作り、家族の心を支配してしまいかねない、ということ。この映画の中で、潔癖で上品な母親が心のバランスを崩し始めると、家族皆が調子を狂わせてしまう。すでに成人し離れて暮らしたりしていてもだ。母親が繊細で儚い精神の持ち主であると、こうも影響を与えてしまうのか。私自身の母はどちらかというと明るく天然で、年々逞しくなっているが、たしかに日本とアメリカという離れた距離で暮らしていても、母がそのような存在でいてくれていることが私の精神の安定になっていることは間違いない。またもしかしたら、分析好きでアドバイスの多い父に対して、母はあえて自分をそう見せることで家族のバランスを取ろうとしてきたのかもしれない。酔っ払ったジョーイが母親を見て、これまで心につかえてきた苦しい思いをぶつけてしまう。それでも最後には "but I love you"というのだ。愛しているから、余計に辛い。

家族を題材にしたものを見ると、子供を産んだ今となってはただの感想ですませなくなってしまう…。夫と私以外に色んな価値観で生きる大人に触れてもらうことで、子供が生きやすいように。子育ては頭でっかちになるとやる事はいくらでもあるが、まずは自分をフラットにオープンにして子供の心の安全基地となるように。これが大切、と自分に言い聞かせてみる。